デザインの風

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#07 デザインの料金って、おいくら?

こちらは2023年1月に弊社メールマガジンに掲載された記事の再掲です。

以前、話し方教室の模擬インタビューを受けた際に、「デザインの料金って、おいくらくらいなのですか?」と聞かれた。教室の先生から、結論を先に言いなさいと指導を受けていた私は、歯切れよく自信満々に答えた。「ピンきりです!」。たとえば企業やお店のシンボルマーク。WEB上のコンペサイトだと予算1万円くらいからあり、3万、5万、10万円だと競争相手はかなりの数になるようだ。一方で私が聞いている、シンボルマーク単体の値段の最高額は3200万円だ。その違いは何なのだろう。

実は業界には、広告制作標準料金表的なものがいくつかある。私がフリーランスになって最初に受注したポスターのデザイン料を請求をする際、それらのうちの1冊を参考に、松竹梅の竹と梅の間くらいの値段を出してみた。すると担当者から、大変申し訳ないが最初の仕事だし、今後の仕事で埋め合わせするから、今回は3分の1くらいでお願いできないか、と丁重に値切られた。仕事を始める前に予算提示も見積りもしないのはどうかという話でもあるのだが、当時はそんな感じだった。

その後、その受注先から3分の2を埋め合わせるようなご発注はなかったし、標準料金表の載った書籍を開くこともなかった。けっしてそれらの標準料金表にウソの情報が載っているわけではない。同じ頃に広告代理店の営業担当者からは、クライアント企業が標準料金表の値段で発注してくるので利益が出なくて困っている、などという話を聞いたこともある。

私たちは大変料をいただいているのか?

デザインなど広告制作の現場は、おおむねブラックであった(いちおう過去形にしておく)。終電、朝帰りなんかあたりまえ。3日連続徹夜、月の残業時間が200時間超など普通にあった。スキルの高い職人気質のデザイナーであるほど、仕事が遅いのは腕が悪いからと言われれば、そうですねと納得してしまう。会社は、外注すると利益が出ないからますます社員デザイナーにしわ寄せが来る。デザイナーたちは時給換算して喫茶店アルバイトのほうがましだ! と嘆く。経営者も社員も、この値段では大変だ、大変だと繰り返すばかりだった。(断っておくが、けっして弊社のことではない、こともない、かもしれない)

私がフリーランスとして独立する前に努めていたプロダクションの社長がよく言っていたのは、「私たちは大変料をいただいているのか?」。そうではない。デザインが生み出す価値に対して代金をいただいているはずではないか。シンボルマーク1点が3200万円でも売れるのだ。

そのことを、大変だと嘆いてばかりいる経営者やデザイナーは知らないのか。いや、むしろ本能的にわかりすぎるほどわかっていると言っていい。だからこそ、1ミリでも価値の上がるデザインにブラッシュアップすべく、時給に見合わない残業もするし、朦朧としながら東の空の美しい朝焼けを眺めたりするのだ(だった)。

私自身は「人月(にんげつ)」や「人時(にんじ)」が単価となっている見積りは嫌いだ。「何月分作業」という品名も嫌いだ。「わたしたちは時間や作業を売っているのではなく、デザインの価値を売っているのだ!」と、担当者に向けて強く、心のなかで叫んでいる。

1万円のシンボルマークは宝くじ

デザイナーがシンボルマークのデザインを生み出す瞬間というのは、1万円も3200万円も変わりないと私は思っている。ただ、そこに至る理念や思い入れを目に見える形に生成していく過程や、数え切れないアイデアと試行錯誤の回数、使用されるさまざまな場面を想定しての検証やバリエーションなど、出した答えの正確性を担保するものとして膨大なエネルギーが割かれた結果だ。あるいは、特殊な感性や能力によって生み出された1点が、誰もが認めるレベルにすでに磨き上げられた1点だったのかもしれない。実際にはその両面があると思われる。

1万円の場合は理念の見える化に挑む一発勝負である(2案出してと言われたら、温厚で通っている私もさすがにイラッとくるだろう)。とはいえ、数千時間をかけて数百点の試行錯誤をした中の決定的1点と同じである可能性はゼロではない。宝くじと同じくらいの確率と思われるが、1万円のシンボルマークが多くの人に愛され、企業のブランド価値を高めることはありうるのだ。ただし、「それを期待されても困ります!」と強く、心のなかで叫んでおく。

ユメックス株式会社 西山耕一

ユメックス株式会社
代表取締役 プランニングディレクター/デザイナー

西山耕一

愛媛県久万高原町生まれ。血液型:O。山羊座。動物占い:ペガサス。14歳でグラフィックデザイナーを志し、21歳でデザイナーとしてプロダクションに入社。23歳で独立、30歳でユメックスを設立し現在に至る。元スタッフ10人以上がフリーランスまたは会社を設立し、心強いパーティを形成。お気に入りの言葉は「デザイナーの仕事はラブレターの代筆」。

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